お出かけ日誌・・・淡輪駅

大阪府の南端に近いツツジの名所で知られた淡輪遊園の下車駅。
木造モルタル造りの正面に、
愛敬たっぷりににょっきりと木造の時計塔が立つ建物である。
観光地の玄関口として建てられたこの駅舎は
大正十四年(一九二五)の完成。狭い丘の上に建つ駅で、
人造大理石でできた改札口が前面にせり出した、
待合室のない私鉄スタイル。

ホームとの間に
そこそこのスペースがあってゆっくり電車を待つことができる。
カネを払う客にはサービスするいかにも関西らしい?合理的な駅舎である。
七十年の歳月を経た今では時計塔の時計も失われ、
古びたお伽の国の駅といつた風情が漂っている。

駅前からは淡輪ヨットハーバーや海水浴場に下る道が伸び、
春はツツジ観賞、夏になると海水浴客で賑わう一帯はいわばB級観光地。
その淡輪遊園の高台からは関西新空港を望むことができる。
また駅のすぐ裏手には宇度墓古墳が横たわっている。

お出かけ日誌・・・水間駅 その2

大正十五年(一九二六)以来あっていない様子の事務室や出札口も嬉しくなるほどに古び、
臨時の改札口や木造待合所にソバ屋もあるなど小さいなターミナルの風景を見せている。

駅に隣接して車両検修施設があり、
ホームの隣にはかつて活躍していた五〇〇系の電車存されている。
現在は元東急の七〇〇〇アンレスカーが走り、いまでは路線
自体も近畿郊外の通勤線となり、
無人駅と自動改札が同居する都市化したローカル私鉄となっている。

お出かけ日誌・・・水間駅 その1

泉南地方の平野をトコトコ走る水間鉄道は、
厄除けで知られる水間観音の参詣鉄道。
その終点水間駅は期待にたがわぬ寺院風駅舎である。
コンクリートの「二重の塔」は小ぶりだが量感十分で、
屋根に堂々たる九輪が直立している。

おまけに、駅舎にしてはスペース不足とみたか左右に棟を張り出して、
両角小部屋を設ける不思議なレイアウかく真正面から見ると
「アールデコを太刀持ちにした多宝塔の土俵入り」といっ遊んでいる終着駅だ。

お出かけ日誌・・・那智駅 その2

この駅のもうひとつの見所はホームからの熊野灘の眺望で、
この付近は線路が海側を通っているため緩やかな
入り江沿いに走ってくる列車を見ることができる。
那智駅は大正元年(一九一二)十二月四日の
新宮~串本間の新宮鉄道の開通とともに開業。

これは国鉄が三重側と和歌山側から紀勢線を建設し始める大正十年代よりもはるかに
古い。難工事区間が多かったこの紀勢本線は部分開通をくりかえし、
全通は昭和三十四年(一九五九)まで待たなければならなかった。
見どころの那智の滝まで約六キロと離れており、
今では駅利用の観光客もわずか。現在は無人駅となっている。

お出かけ日誌・・・那智駅 その1

新宮・本宮どならび熊野三山のひとつ熊野那智神社と、
西日本屈指の漫布那智の滝への玄関として建てられた社殿造りの駅舎。
観光駅らしく瓦屋根の正面には立派な山形の破風
を見せ、朱色に塗られた破風板や、懸魚の飾りがそれらしく見せている。

しかし社殿風とはいっても重々しさのないシンプルなもので、
あまり細かな造作こだわらない南国風の気分を漂わせている。

1617年

1617年にアスンシオンを中心とする総督領から、ブエノスアイレスを中心とするラ・プラタ総督領、サン・ミゲル・デ・トゥクマンを中心とするトゥクマン総督領が分離する。
17世紀以降はイエズス会宣教師による先住民への布教活動が、農業活動なども含めて活発に展開された。現在も残るイエズス会布教所跡はこの時に建設されたものがほとんどである。
イエズス会はブラジルのサンパウロからやってくる、バンデイランチと呼ばれた奴隷商人への抵抗のためにグアラニー人に武装させた。
ポルトガル人奴隷商人によって多くのグアラニー人が奴隷となってブラジルに連行されたものの、この軍隊はしばしばポルトガル人を破ってスペイン植民地の辺境を防衛する役目を担った。
ローマ教皇に直属し、以後スペイン王室や副王の役人も容易に口出しできなくなったイエズス会の伝道地は、原始共産主義的な様相を帯び、自主自立の独立国家のような存在として、その後も他の地域のインディヘナが味わったような辛酸には至らず100年近く平和に存在し続けた。


パラグアイのほうでは、南米にありがちな、
ヨーロッパとの衝突があったというわけではないんですね。

パラグアイの歴史

元々この地にはグアラニー人をはじめとするトゥピ・グアラニー系のインディヘナ諸集団が住んでいた。
タワンティンスーユ(インカ帝国)の権威はこの地までは及ばなかったため、
多く人々は原始的な共同体を築きながら生活していた。
しかし、16世紀初頭以降、この地にもセバスティアン・カボットをはじめとするヨーロッパ人がラ・プラタ川を遡って渡来するようになる。

1537年にブエン・アイレからの探検隊によりアスンシオンが建設されると、スペイン領となった。
この建設はラ・プラタ川からアルト・ペルーへの陸路と存在すると思われた「銀の山」を探すためであり、かつポルトガルの領土拡張に対する防塞建設のための遠征の結果だった。

チャルーア人のようなラ・プラタ地域の狩猟インディヘナとは違って、
粗放とはいえ農耕を営んでいたグアラニー人は文化程度も高く、
スペイン人との同盟により敵対していた他のインディヘナと対決することを決め、
スペイン人もこれを受け入れたので両者の間に交流が生まれ、
混血者(メスティーソ)も発生していった。

パラグアイのほうは原始的な生活をしていたのは意外な感じです。

グアラニー族

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グアラニー族 (Guaraníes) とは、アメリカ州の先住民族の一つで、主にパラナ川からパラグアイ川にかけてのラ・プラタ地域(現在の地域でアルゼンチン、ボリビア東部、パラグアイ、ウルグアイ)と、ブラジルに住んでいたが、純粋な民族としてはほとんど絶滅し、グアラニー語を話せる者の多くはメスティーソになっている。日系パラグアイ人によると発音は「グアラニー」よりも「ワラニー」に近いようである。


グアラニー族はどちらかというとモンゴロイド系で日本人にも近いようです。
やはり農耕民族というのもなんだか親しみがもてます。
いまでは純粋なグアラニー族の人はいなくなってしまいましたが、
ルーツを持つ人はたくさんいるようですね。

テレレ

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テレレ、Tereréは冷水でいれるマテ茶(Yerba mate)の飲み方の一種。
グアラニー族伝統の飲み物。パラグアイでよく飲まれている。

木や動物の角などで作ったカップ(グアンパ)に茶葉(イエルバ)を入れ水を注ぎ、
先に小さな穴がたくさん空いた特殊なストロー(ボンビーリャ)を使って飲む。

マテ茶の飲み方のひとつらしい。
お茶をストローで飲むというのが変っていますね。

アルパ

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アルパ(arpaまたはharpa)は、撥弦楽器の一種でスペイン語でハープの意味である。

日本では特にラテンアメリカのフォルクローレで用いられる民族的な楽器を指す。
パラグアイ・ペルー・メキシコなどで演奏されており、特に盛んなのはパラグアイである。
別名、ラテンハープ、インディアンハープとも呼ばれる。

スペイン語ではアルパ奏者のことをアルピスタ(arpista)と呼ぶ。
日本では女性奏者が多いが、パラグアイでは男性奏者が多い。


ラテンなのか(?)キラキラした感じの音色が印象的。
パラグアイでは男性もアルパ(ハープ)を演奏するんですね。
音色の感じとかから女性の演奏する楽器、というイメージで固定されていました。。。

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