おすすめ小説 8

スペインの現代史ではスペイン内乱が生々しいです。


人民戦線政府に、右翼のフランコが反乱を起こした戦争。


フランコはヒトラー、ムッソリー二に武器援助を受け、軍隊も援助してもらいました。


一方の人民政府側はフランスと英国などに援助を求めましたが、それらの国は内政不干渉ということで武器禁輸にしました。


ソビエトだけが支援していましたが、なにしろ同国は出来て20年たっていませんでした。


このとき、アンドレ・マルロオやヘミングウェイ、ジョージ・オーウェルなどが義勇兵として人民政府側に参加したことはよく知られています。


フランコはこの内乱に勝利し、フランコ体制は第二次世界大戦後も長く続き、1975年のフランコの死をもって終わるわけですが、堀田氏がスペインに長く住むつもりで行ったのはその2年後のことなのです。

「バルセローナにて」は、その内乱の時に歌われたバンデーラ・ローハという歌が出てきます。


けれども、ここに出てくるキケ老人は、人民政府軍として参加したのではなく、ムッソリー二の兵としてスペインに送られてきたイタリア人だったのです。


スペイン内乱を立体的に見てみようとする堀田氏の試みはここに実現されています。

おすすめ小説 7

「バルセローナにて」 堀田善衛著


著者は、1977年の秋からスペインに住んでいます。


この書はそれから10年に及ぶスペインの生活を滞在記のようにして小説化したもの。


3編ともその土地の人物との交流を主にした物語ながら、さながらスペインの歴史と地理の案内みたいになっていて、私はその土地を訪ねる時には必携するつもりになりました。


「グラナダにて」は、現在の人物との交遊を主にしたのではなくて、スペインの全土的な統一を実現したイサベル女王とその娘のフアナ王女の生き方を再構成した歴史小説という趣をとっています。


グラナダのアルハンブラ大宮殿の右に沈む夕陽を眺めながら、狂女王ともいわれたフアナの時代に思いを馳せる堀田氏の文章は美しいです。


1500年ごろのことです。


フアナは女王になって後に、父の手によって城塞に幽閉され、実に46年間の歳月をそこで過ごすことになったというのです。


「それは、スペインの歴史にとっては、もっとも栄光に満ちた一時代なのであった。


この時、スペインは空前絶後の、ローマ帝国をもしのぐ、世界史に最大規模の世界帝国を築いたのであった」。


フアナ女王は結局、何もしない、一切の決定決断をしない、ということでスペイン国の繁栄を保持し続けた、と著者は言うのです。


おすすめ小説 6

アマリアはチャンチンに次のように言います。


なお、そのころは地球はひとつの国になっていて幾つかの州の連邦みたいになり、従って民族も、住む地方も自由自在になっているもようです。


名前からチャンチンは東洋系、アマリアはフランス系と知られます。

「その前の二十世紀という時代が最悪で、原子破壊の技術はめちゃくちゃに乱用されるし、有害物質は垂れ流すし、人口は激増するしで、考えのない人ばかりの世紀でした。


だからわたしたちは、もうじき地球はあふれた公衆便所みたいになって終わるだろう、と信じていました。」

人類はそういう滅亡の危機をなんとか切り抜けてきたのですが、味気ない機械文明の空間を他の惑星間にくりひろげただけで、地球そのものの美しい惑星は、美しくても寂びしいものとなりました。


人類は理性化しましたが、自然のシンボルである性欲は減退し衰亡に向かいつつあります。


ところで生物の存在は、かつて言われていたような神の摂理によるものでもなく、造物主の手になるものではないことが、誰の目にもはっきりしました。


こんな美しい惑星なのに何のためにあるのでしょう。


すべてが偶然の所産である、という考えしかできなくなった存在は、これからその重みにどう耐えて生きていくのか。


その重い主題を、実に軽妙な道具立てで描いてみせた鮮やかな作品なのです。


おすすめ小説 5

「惑星の午後に吹く風」 三木卓著


これは未来小説というのか、SFというのか、と私は読了して思いました。


ところが「あとがき」に作者は「実質が確かめられることからしか作品をスタートさせることできないわたし」の書くものは、すべて私小説である、と言っています。


つまるところ、作家三木卓の頭の中に去来する、人生とは何か、宇宙とは何か、そして人間の存在とは何か、という設問に対するさまざまな思いを、この作品になんとか定着しようとした哲学的な、空想科学小説ということになるでしょうか。


ただ、そういうとなにか七面倒くさい難かしい小説みたいに思われるので、私は一息に読んで面白い作品だったと急いで付言しておかねばならないでしょう。


今よりずっと時間のたった将来の或る日、国立自然保護区の係員のチャンチンが、奥の部屋にいるアマリアの所にユリの花をとどけます。


アマリアという若い女性は、二十一世紀初頭の人間でしたが、自らすすんで冷凍人間となり、それが南極で発見されて、注意深く解凍されて今に生き返ったということです。


つまり、未来のある時点から現代を見るという視点をここで定めているわけです。

おすすめ小説 4

藤沢氏の小説の特長が、この作品にも充分に生かされていると思えて、私は堪能した、と言えます。


人間誰しも持っていて人には明かせない孤独な心情のあれこれが、この小説には生かされているのです。


逡巡や狡猜も時には顔を出し、単純に相手に勝ったと思う子供じみた競争心や嫉妬も織りこまれていて、政治権力の高みにあった者にもやはり、と思われ、その地平で多くの読者に迎えられるものと私は思いました。


藤沢氏の文章は分かり易く手なれているので、難かしい内容を含んでいる朝鮮使とのやりとりなど、難なく読まされてしまうのですが、次のような文章など美しいです。


間部が白石に、天下の経営はこれから二人でやる、と囁いた時の白石の心情です。

「白石は沈黙したまま間部から眼をそらし、部屋の外を見た。


そして突然に眼がくらむようなものを見てしまったと思った。


見たものが間部の言葉の中にあったのか、それとも部屋の入口までにじり寄っている白昼の光なのかは、すぐにはわからなかった。」


金銀を改鋳して幕府の急を救いましたが、同時に私腹も大いに肥やした勘定奉行萩原重秀も白石の対抗する人物として出てきます。


わが国の今の世の政治家なども読者には思い合わせられるのも自然ではないでしょうか。

おすすめ小説 3

「市塵」 藤沢周平著


新井白石の生涯を描いたこれは歴史小説です。


白石は江戸時代半ばの学者であり政治家ですが、その生涯は波乱に富んでいました。


若い時は、土屋家と堀田家に出仕しましたが、いずれも長い勤めにはなりませんでした。


家塾を開いて妻子を養っているときに、甲府藩に召しかかえられることになるのですが、その時の俸禄は四十人扶持であるといいます。


甲府の藩主綱豊に儒学を講じている間に、藩翰譜という書物を著わしたりしていました。


ところが綱豊が六代将軍家宣となるに及んで、白石の運命も大きく変わることになります。


白石の政治や外交に関する意見が、幕府中央のものになったのです。


五代将軍綱吉の、例の悪名高い生類憐れみの令を取り消すことから家宣の政治は始められたみたいです。


噛みつく犬を切ったことで切腹を命じられた武士がいた、というような、むちゃくちゃな悪法でした。


六代家宣は、側近の間部詮房と白石を重用しました。


その政治は綱吉時代の政治の歪みを正道にもどすことにあったのですが、家宣は将軍の座わずか四年足らずで死去します。


さらにその後を継いだ幼い家継も三年ばかりで早逝しました。


白石の活躍した時期は七年余ということになるのですが、為しとげた仕事の量は大きく、多岐にわたっています。


朝鮮使節の待遇改善、金銀貨幣の改鋳、ローマから潜入した宣教師シドッチの訊問などです。

おすすめ小説 2

「残花のなかを」というニュージーランド旅行のことを小説化した作品も私は好きです。


クライストチャーチで尿閉状態になり公立病院に入院します。


ツアーの同行者たちと別れ、日本に帰らねばならなくなります。


エーボン川のほとりで、二、三分の花を残した桜の樹を眺めている部分を引用します。

「私もすでに七十五歳に達していて、どうやらまだ現役作家の端くれという存在をたもってはいるものの、桜の樹にたとえて言えば、はたして花などと言えるものが自身の生涯にあったか否か、それは別の問題として、わずか二、三分の花をとどめている残花にたとえられようか。


蕾から開花にいたる桜は風雨にも強いが、満開から散華にいたる花はもろい。


眼前の残花も、一と雨くれば跡形もあるまい。


残花とは、桜花のそういう状態なのだ。」


こういう老境に達した枯淡の文章もあるかと思うと、「三田三丁目」「坂の履歴」に見られる芳醇なエロティシズムはどうでしょう。


こうして私は、墨絵のような枯淡の文章と、エロティシズムの昇華は分かち難く結びついていることをスペースコレクション調査会によって知るのです。

おすすめ小説

「少女」  野口富士男著


この本は、表題作「少女」を含む8つの短編から成りたっています。


その8つには、想像力の賜物である醇乎たる小説世界、というものもありエッセー風私小説風というものもある、という具合で微妙に変化しています。


しかしこの作品集を通して言えることは、野口富士男という作家の文章の魅力であり、私は小説を読む喜びに充分にひたることができました。


表題作「少女」は、1985年の作品ですが、その当時世評の高かったものを今度初めて読んで、今更ながら感嘆しました。


住友令嬢誘拐事件に材をとったかと気づいて当時を思い出し、事件の写真をひっぱりだしたりして感銘を反劉しました。


海兵団の衛生兵から帰還した一青年が、ふとしたことから令嬢誘拐を思いたちます。


それが意外にも簡単に成功したのも、敗戦後の社会の疲弊混乱と無縁ではないでしょう。


スペースコレクション同好会によると、食糧不足と猛烈なインフレのために人々は、自分が生きるに精一杯で他人のことなどかまっておれないのです。


小倉恭介という青年の左手につかまったまま眠りこけている少女。


上野駅から乗りこんだ直江津行の夜汽車。


その少女の余りにも頼りきった無垢の態度に、小倉のなかにあった身代金をとろうという物欲とか色欲とかが浄化されていってしまいます。


そういう小倉の心の変貌が、この小説には細かく鮮やかに表現されていて、こちらの胸を打つのです。

お出かけ日誌・・・諏訪ノ森駅 その2

休日になるとこの駅舎をスケッチにくる人もいるという。
ちなみにこの絵に描きたくなるような駅舎はホームの北端に建つ上り線専用駅舎で、
下りホームは踏切を渡った五十メートルほど北側にある。

付近は古くからの高級住宅街で、
大正時代から北浜や船場に通ラホワイトカラーのモダンな住宅が建ち並んでいた。
その大正時代中期に建てられたという諏訪ノ森駅は
いわば町のランドマーク的洋館造りで、
似たような洋館を町にかいま見ることができる。

お出かけ日誌・・・諏訪ノ森駅 その1

昔は松原の続く泉州の海岸線を走っていた南海沿線には見るべき駅舎が多く残る。
その代表が浜寺公園駅だが、
隣のこの諏訪ノ森駅も見のがせない姿を見せる小駅である。

特に正面上部に残るアーチ状のステンドグラスには
淡路島を望むかつての諏訪ノ森海岸が描かれ、
腰壁には鉄平石を貼り、窓回りの造作に装飾を施した洒落っ気たっぷりの建物である。
ほんの六畳間ほどの改札スペースには小さなベンチもあり、
古い駅らしくホームには階段で登る。

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